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感情労働の評価~上司の仕事に無関心な部下と部下を褒められない上司~その2

まず、記事に入る前に、
すでに全国的に放送されてます、
グループホームでの火災

男女7名の方がお亡くなりになるという悲しい事故。
内容については、ひよこ理事さんがふれておりますので、

私は心よりご冥福をお祈ります。


では、昨日の続きです。

評価の難しさ

どんなにすばらしい介護をしていたとしても、
評価する側がお金の亡者なら…。

要介護5の寝たきりの利用者○○さん
毎日、頑張って、リハビリやりました。
体力がつき、
何とか車イスにて座位が保てるようになりました。

次の更新で、
現場の職員
「認定結果が要介護4で、でました!!」
「○○さん、リハビリ頑張ったもんねぇ」
「今では、レクにも参加してるもんね。また頑張ろう」
と、いう流れがあったとする。

上司・経営者
「おいおい、○○さん、要介護4になったじゃないか?
 これじゃ、収入が減ってしまうだろう。
なぜ認定調査の時に、できないって言わせないんだ?」

「区分変更でも、なんでもいいから、介護度UPさせろ!!」

※要介護度により、料金が変わってきます。
介護度が1段階変わると、
施設収入として1ヶ月で1人あたり2万円~3万円くらい変わります。
(利用者負担額は1割なので、2~3千円くらい)
それが、10人だと20万円~30万円違うわけですね。
しかも、定員は決まっていますしね・・・。

ね。

かなり極端かもしれませんが、
こういう評価になってしまうわけですよ。

状態が良くなることだけが、
介護ではないのですが、

状態が良くなれば、収入が減る。
この、アンバランス。

これが現実。

言い方が悪いかもしれませんが、
これだと、

何もしないで、

ただ寝かせて、

最低限食事与えて、

生かしておけば、

要介護5だもん。


上司の評価がいいのは、
礼儀正しく・じっくり話を聞く職員ガラガラ動いて、流れ作業でも早く済ませる職員

に、なってたりしません?      

職員の感情(モチベーション)も下がっていくわけです。

次回が最後。まとめになります。

テーマ : 介護保険・ケアマネのこと
ジャンル : 福祉・ボランティア

感情労働の評価~上司の仕事に無関心な部下と部下を褒められない上司~その1

 私たち、介護や医療の仕事は、
対人援助専門職である。

感情労働という言葉がある。

感情労働とは、
従来の肉体労働、頭脳労働という単純な二項分類において、
感情労働は頭脳労働に含められてきた。

しかし一般的な頭脳労働に比べ、
労働の負荷が人間としての感情に大きく作用し、

労働が終了した後も達成感や充足感などが得られず、
ほぼ連日精神的な

負担・重圧・ストレスを負わなければならないという点に
感情労働の特徴がある。

感情労働に従事する人は、
たとえ相手の一方的な誤解や失念、無知、無礼、怒りや気分、
腹いせや悪意、嫌がらせによる理不尽かつ非常識、非礼な

要求・主張であっても、自分の感情を押し殺し、決して表には出さず、
常に礼儀正しく明朗快活にふるまい、

相手の言い分をじっくり聴き、的確な対応・処理・サービスを提供し、
相手に対策を助言しなければならない。
Wikiより抜粋

 もともとは、CA(旅客機の客室乗務員)が、
その典型と言われてきたようであるが、
介護・医療の仕事もこれに当てはまる。

おそらく、現職の方なら思い当たる節はあるはずでしょう。

ただ、他職種との大きな違いは、
>たとえ相手の一方的な誤解や
失念、無知、無礼、怒りや気分、腹いせや悪意、
嫌がらせによる理不尽かつ非常識、非礼な要求・主張であっても、
自分の感情を押し殺し、決して表には出さず、
常に礼儀正しく明朗快活にふるまい、
相手の言い分をじっくり聴き、的確な対応・処理・サービスを提供し、
相手に対策を助言しなければならない。


この部分において、
もちろん、性格的な問題も中にはあるでしょうが、

それは、病気という側面も含まれているということを
理解しなければならない。

しかし、このような
直接利用者とのやり取りの問題だけではなく、

職員間(上司と部下・経営者と労働者など)における
感情労働への評価が難しい。

シリーズ化に目覚める?(笑)
今回はここまで。
次回は、その、評価の難しさについて。

テーマ : 介護保険・ケアマネのこと
ジャンル : 福祉・ボランティア

福祉職による無意識なメサイヤ・コンプレックスについて 最終回

さて、最終回です。

では、介護施設の職員として、
または上司としてどのようなところに注意していくか。
自分が、もしくは部下が、

●食べるもの、住む家に困らず、安全な暮らしができていますか?

●自分を好きですか?自分を好きでいてくれる人がいますか?自分も愛せる人が身近にいますか?

●職場や地域社会、サークルなどに満足していますか?満足させられていますか?

●努力や自分らしさを認められ、ほめられていますか?いや、ほめていますか?

●求めていた生き方が見つけましたか?導いてあげられますか?

●自分らしい人生を送れていますか?


と、自分自身に興味を持つこと。自分を見つめ直すこと。
そして、周りにも同じように接すること。

自分もしくはその周りの人たちが満たされた結果、
「利用者の為にどうすれば良いか?」
という気持ちがやっと湧いてくるのではないでしょうか?

利用者を幸せにするには、
身近な人から大切にすることが大事ではないかと思うんです。

それができないのに、「利用者の幸せ」には繫がらないような気がします。

仕事をしていく上で、

「どうしてこんなにしてあげているのに?」
「どうしてこんなに頑張っているのに?」
「やってあげているのに、どうしてひがまれたり、
文句言われたり、苦情を言われなきゃならないの?」

と思う方は大概、人のことを認めていなかったり、
感謝の言葉を忘れていたりするのではないだろうか?

自分の介護観を押し付けるような職員に、
利用者の希望により添えるわけがないのである。

普段接する周囲の方々の中で、
どうしても嫌悪感をもってしまう、
どうしても好きになれない相手っていませんか?

相手のちょっとした行動に嫌悪感をもってしまう、
または同じような行動をする者が目につくとか…。

特に、「何やってんだ、こうすればいのに。」
などとイライラしたり、感情的になる場合、
実は、相手の中に、自分自身の嫌な部分と同じ要素を見つけて、
腹を立てているそうです。

嫌いな相手は、実はあなた自身の鏡になっているということ。

冷静になって嫌いな相手の目に付く行動が、
自分にも当てはまらないかと考えてみる良いチャンスなのです。

急には無理でも、その都度、自分を振り返る習慣をつけていけば、
コンプレックスを和らげたり、自分のコンプレックスを人にぶつけず、
うまく問題点をカバーするなど、良い方向に消化していくことにもつながるようです。

ただ、最後に一言付け添いたいと思いますが、
私たち介護保険制度に関わって仕事をしている人間は
国民の税金として、利用者さんからの負担として、
介護という仕事をすることによって給料を頂いている事を決して忘れてはいけないのです。
そう、介護のプロフェッショナルでなければならないのです。
日々是勉強成。

「メサイア・コンプレックス」
これは、決して他人事ではありません。

自分自身もそうですし、
このことで何度も悩みます。

でも、このように皆さんとブログという場を通じて、
私は自分自身を見つめ直すことができます。

メサイヤ・コンプレックスを克服する
私なりの結論
1.自分で自分が幸せだと思えない人に、他人を幸せにすることはできない。
2.小さな目標からコツコツと!!
3.人の幸せも自分の幸せと感じる心
4.相手を思う気持ちは、良い事も、悪いことも自分に返ってくる。
5.他人を認めることができなければ、認められることはないと思え!!
6.小さな喜びをみつけよう!!きっとその積み重ねが大きな喜びになる。
7.なんか、自分のケアプランを作っているような気分だぁ~!!
以上

最後は、取り留めのない文章となってしまいましたが、
自分がまた振り返るツールとしたいと思います。

テーマ : 介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

福祉職による無意識なメサイヤ・コンプレックスについて ~その2~

さて、昨日の続きです。
「こんな職員いませんか?」

はい。
これは、ほとんどが自分自身のことなんです。
さすがに「あんた」呼ばわりはしませんがね(笑)。


では、本題。

「人の役に立ちたい」その気持ちの裏に潜むのはなにか?

「メサイア・コンプレックス」によって人を援助すると、
やっかいなことがあります。

それは、理想と違う現実に出くわすと、
志半ばで投げ出してしまう人が多いことです。

たとえば、高い理想を掲げて入職してきても、
「仕事がキツい」
「上司や他の職員が気に入らない」
と文句を言って、
すぐに辞めてしまう人が少なくないようです。

メサイア・コンプレックスの人の心の底には、
現実逃避や現状不満、劣等感があるため、
その反動で過度な理想主義に走る傾向があるようです。

しかし、実際には悩める人が渦巻く現場では、
理想どころか過酷な現実を突きつけられることばかりでしょう。
そのため、つらい現実に落胆し、そこからも逃げ出したくなってしまうのです。

また、挫折によって劣等感が募るのが怖いため、
逆に頑張りすぎてしまうこともあります。
しかし、無理がすぎると心身の負担を増やしてしまいます。

「人の役に立ちたい」という情熱を持てたことはとても尊いことですし、
そんな職員を大切にしてあげたいものです。

ただメサイア・コンプレックスの人は、
介護観を説く前に考えなければならないことがあるのです。

「自己実現」ができて初めて、人に与えることができる
メサイア・コンプレックスの人によく見られるのが、

自分に対する強い「劣等感」と、
自分を取り囲む環境や現実に対する「嫌悪感」です。

今の自分を愛せないし、自信がない。
家族も、自分が住む社会もキラいなんて人もいるようですが。

こういう人は、
「やさしさ」によって人の役に立ちたいと思っているわけではなく、
「自分や現実を変えたいから」
「自信をつけたいから」
「感謝されたいから」

という、自己中心的な動機が先に立っているようです。

しかし、利用者さんにとって必要なのは、
自尊などは超えた「まごころ」から生じる援助です。

自己中心的な動機による援助は、
対人関係や状況に振り回されやすく不安定です。

では、「まごころ」による援助は、
どうしたらできるようになるのでしょうか?

かの有名なマズローさんは、
人間の欲求は「自己実現」へと向かい、
それが満たされてはじめて「自己超越」に至る、
と説いています。

それにはまず、生理的欲求や安全、
愛情などの低次元の欲求が満たされている必要があります。

これらの低次欲求が満たされると、
次に「認められたい、尊敬されたい」という
自尊欲求が生まれます。

これも満足できて、はじめて
「自分らしく生きたい」
「自分を生かしたい」という
自己実現欲求が生まれるとマズローさんは言っています。

そして、自己実現できた人が最後に至るのが
「自己超越」である、
と言っています。

自分を幸せにすることが、人の幸せにつながる。

「親身になって人の援助をするには、
まず自分が満たされていることが大事」ということです。

ただし、
それは必ずしも社会的な成功や評価を意味するわけではないということ。

援助する側が、愛情に囲まれて安心できる暮らしをし、
無理せずに自分らしい生き方ができていなければ
自己実現は達成できないのではないでしょうか?

今回はここまで。
次回で最終回です。今夜までにまとまるかなぁ?

テーマ : 介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

福祉職による無意識なメサイヤ・コンプレックスについて ~その1~

なかなか記事更新できませんでした。
本日は、タイトルの通り、
福祉職による無意識なメサイヤ・コンプレックスについて考えてみました。

まず、メサイヤ・コンプレックスとは?
メサイアというのは、
一般的な日本語ではメシア(救世主)と言われるもののことである。

この心理が形成されるのは自分は不幸であるという感情を抑圧していたため、
その反動として自分は幸せであるという強迫的な思いこみが発生するとされる。

さらにこの状況が深まり、
自分自身が人を助ける事で自分は幸せだと思い込もうとするとされる。

なぜこのような論理になるかと言えば、
幸せな人は不幸な人を助けて当然という思い込みを自らに課す事で

「自分は幸せである、なぜなら人を助けるような立場にいるから」
という理論を構築できるためである。

ただし、これは原因と結果が逆転しており、
理論的には無論無理がある。

しかし、結局のところそういった動機による行動は自己満足であり、
相手に対して必ずしも良い印象を与えない。

また、相手がその援助に対し色々と言うと不機嫌になる事もある。
しかも、その結果が必ずしも思い通りにならなかった場合、
異常にそれにこだわったり逆に簡単に諦めてしまう事も特徴的である。
                                               Wikiより抜粋


では、たとえば、
介護現場でのメサイア・コンプレックスにありがちなタイプとは?
と考えた時、以下の例を挙げてみました。

①「この利用者にとって今何が必要ですか?」と聞かれたときに、
「制度が悪い」「世の中が悪い」「施設の方針が悪い」と答える


結局、何がしたいのか、具体的な内容がまったくない。
終いには、上司が悪いってか?人のせいばっかり。

②理想的な理屈ばかり言うが、現実に即して考えるのは苦手

「ああしなければ」、「こうしなければ」というが、
実際何をすればよいかわからない。


次には、「ああしなさいよ」、「こうしなさいよ」となり、
最後には
「何でできないのよ。私はこんなに利用者のために考えているのに」
となる始末。

理想のない介護は、行き詰るが、現実があるから、
理想が考えられると思う。
結局、現実がわからなければ机上の空論だと思う。

③「福祉とは!!介護とはこうだぁぁ!!」
と言うわりには、友人や家族、同僚のことはどうでもいい


施設のことや同僚・部下だけの事を考えて、
利用者後回しでは、本末転倒であるが…、
だからといって、自分の家族や職場の同僚を無碍にしては、
説得力はないよね。

④「親切にしよう・丁寧にやれ」って言うわりに、
小さな親切に感謝できなかったり、職員を呼ぶ時「あんた」呼ばわり?


これは、利用者さんへの言葉使いもそうであるが、
いるでしょう?「あんたさぁ~」っていう職員。
職員間でも「ありがとう」「助かった」と感謝できない、
それどころか自分の枠から外れると「余計なことをして」とか、
「何で勝手にやるのよ」などと言ってしまう。
で、最後の捨てゼリフが
「あんたに言ってもしょうがないわね」
「もういいわ、頼まないから・・・」 

うわ~、強烈~。

⑤身近な幸せを見つけられないのに、
大きな幸せを与えることにこだわる


例えば、
食事:行事食や選択食ばかりに気をとられ、
毎日の食事はどうでもよくなっている。

排泄:オムツはずしをすすめようと言うわりに、
毎日のおむつ交換ができていない。

行事:夏祭りやクリスマス会に大きな力を注ぐのはいいが、
誕生日会が一月に一回。
みんなまとめてやりましょうってどうですか?
その人にとっての誕生日って、その日でしかないのですから。

こんな職員さんはいませんか?

すいません。今日は問題提起のみだけです。
次回はもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

テーマ : 介護
ジャンル : 福祉・ボランティア

プロフィール

塩ケア

Author:塩ケア
宮城県生まれの
宮城育ち。
純粋な宮城県人。

大学卒業後
介護保険法の施行と
同時に県内の老人保健施設に入職。

そして現在は
宮城県の
居宅介護支援事業所で働いています。

平成18年より介護支援専門員
(基礎資格は介護福祉士です)
まだまだ新米。奮闘中です。

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